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企業レポート

三菱自動車工業(7211)の分析|急激な業績不振からの復活は当面厳しい

基本情報

三菱自動車(7211)は、東京都港区に本社を置く自動車メーカーである。1970年までは三菱重工業の自動車事業部門に過ぎなかったが、同社の自動車製造の歴史は意外にも古く、1917年の「三菱A型自動車」にまで遡ることができる。1970年の三菱重工業と米クライスラーと資本提携が三菱自動車工業としての独立の契機であったことから、米クライスラーとの協力関係を長きに渡って維持していた。日本市場においては長きに渡ってトヨタ自動車と日産自動車に続く業界3位の地位を維持していたが、2000年に発覚したリコール隠し問題によって急激に地位を落とした。その後、2000年に独ダイムラーの傘下に加わったが、2005年には同社が支援打ち切りを表明したことで、日産自動車との急速に距離を縮めている。三菱自動車工業が日産自動車に軽自動車をOEM供給することで、国内シェアが落ち込む三菱自動車工業の稼働率を維持しながら、日産自動車は軽自動車をラインナップに得る構想であった。2016年に燃費不正問題が発覚したことで窮地に陥ったが、日産自動車が三菱自動車工業を救済する形で買収したことで、現在はルノー日産三菱アライアンスを形成している。

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コラム

利益低迷に苦しむマツダは、次のブランド戦略で何を目指すのか?

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マツダ(7261)はリーマンショック以降の業績悪化から、ブランド価値経営を掲げて蘇った。かつてのマツダは中古車価格が低迷したことでマツダ車を愛好する顧客が残存価値の低さに苦しみ、残存価値の低さから販売奨励金による安売りを強行しなければ販売台数を稼げないジレンマに陥っていた。しかし、2012年にマツダが策定した構造改革プランにおいて、「高い商品力を備えた新型車の投入による販売奨励金の抑制と残価向上」を掲げて以降、状況は一変した。ブランド価値を向上すべく策定された「スカイアクティブ」と「魂動デザイン」を共通言語として投入した「CX-5」を皮切りに、主力車種の「アテンザ」や「アクセラ」などを刷新、プレミアムブランドへの脱皮を遂げた。この成功によってマツダの業績は急回復を遂げたが、2015年以降は再び利益水準が下落基調に転換しており、直近では構造改革プランの策定以前と大差ない利益水準にまで下落している。本稿では、現在のマツダが描くブランド価値経営の次の一手が何であるのかを同社の中期経営計画から読み解きたい。

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コラム

業績不振に沈んだ日産自動車、復活へのシナリオを読み解く

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日産自動車(7201)が過去における過度な販売台数の拡大が裏目となって業績不振に陥ったことは昨今有名である。2019年通期決算において純損失6712億円を計上した他、2020年通期決算においても純損失6000億円前後を計上する見通しである。売上高10兆円を超える企業規模であったことを踏まえても、僅か2年間で累計1兆円を超える純損失を計上すれば財務体質が急激に悪化することは自明である。多くの従業員とサプライヤーを抱える同社の業績再建は、日本の製造業にとって極めて重要な問題だろう。本稿では、日産自動車が好評した事業構造改革計画を通して、同社が業績再建をどのようにして果たす計画なのかを探りたい。

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日産自動車(7201)の分析|構造改革による再建の成否に着目

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日産自動車(7201)は、神奈川県横浜市に本社を置く自動車メーカーである。源流企業は1910年に設立された戸畑鋳物であり、当初は鋳造製品の製造を主力事業としていた。第一次世界大戦で業績を拡大した戸畑鋳物は、自動車事業への参入を企図して国産自動車メーカーの先駆けであったダット自動車を買収、1933年に戸畑鋳物自動車部を設立した。翌年の1934年に日産自動車として独立を果たして、「ダットサン」ブランドで自動車を製造販売した。戦後は自動車の生産を早々に再開、国産自動車メーカーの雄として成長を果たした。1966年には経営危機に陥ったプリンス自動車を併合、同社の「スカイライン」「グロリア」などのブランドを獲得している。戦後の早い時期から北米市場への参入に熱心であり、1970年代のマスキー法の成立を背景に北米市場における存在感を拡大した。1980年代には、90年代までに技術力で世界一を目指す「901運動」によって数々の名車を生み出したが、過剰な積極投資や労働組合との軋轢によって経営が傾斜していき、1990年代にはバブル景気の崩壊を契機に経営危機に陥る。その後、仏ルノーとの資本提携を締結して、同社から送り込まれたカルロス・ゴーンの下で経営再建に成功。2016年には三菱自動車工業を傘下に加えた結果、ルノー日産三菱アライアンスは販売台数で世界1位を獲得した。しかし、過剰な新興国市場への投資や、インセンティブによる販売促進が祟ったことで業績悪化が表面化した他、2018年にはルノー日産三菱アライアンスの立役者であったカルロス・ゴーンが逮捕される事態に陥っている。

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マツダ(7261)の分析|利益低迷と電動化シフトへの突破口が不在

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マツダ(7261)は、広島県府中町に本社を置く自動車メーカーである。源流企業は1920年に設立された東洋コルク工業であり、当初は圧搾コルク板を主力製品としていた。1930年代には日本製鋼所の下請企業として軍需物資を生産した他、機械生産の技術力を活用して自動車事業への進出を模索していた。実際に自動車事業に進出を果たしたのは戦後であったが、1962年に発売した「キャロル360」は大ヒット商品となり、トヨタ自動車と日産自動車を超えて新車販売台数が国内首位を占める時期もあった。しかし、1970年代にはオイルショックによる販売不振で重度の経営危機に陥り、紆余曲折を経て1978年から米フォードと資本提携を締結するに至った。その後は米フォード傘下で自主路線を歩んだが、1990年代にバブル景気の崩壊で再び経営危機に陥ると、米フォードから派遣されたヘンリー・ウォレスの下で経営再建に邁進した。2000年代には「デミオ」「アクセラ」「アテンザ」などのヒットモデルが生み出されたことで販売規模が拡大したが、リーマンショックによって米フォードが経営不振に陥ると同社の関与が薄まったことで、再び自主路線へと回帰することとなった。2010年以降はボディ・ドライブトレイン・シャーシを統合設計する「スカイアクティブ」と生命感あふれる「魂動デザイン」を武器にSUV分野で積極攻勢を強め、「CX-3」「CX-5」「CX-8」などの車種をヒットさせた。2015年には米フォードが保有する株式をすべて売却したことで長年に渡る同社との関係が解消され、2017年にはトヨタ自動車との資本提携を締結している。

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日野自動車(7205)の分析|国内販売は成長継続するが海外展開は停滞

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日野自動車(7205)は、東京都日野市に本社を置く自動車メーカーである。トラックやバスなどの商用車の製造に長けた自動車メーカーであり、特に中大型トラックにおいては国内シェア1位の地位を占めている。日系自動車メーカーの中ではいすゞ自動車に並ぶ歴史の長い企業であり、1910年に東京瓦斯から機械部門が独立して設立された東京瓦斯工業が源流企業である。1950年代から1960年代までは仏ルノーと提携して同社の乗用車の生産を手掛けていたが、1966年にトヨタ自動車と提携してからはトラックやバスなどの商用車に特化した自動車メーカーへと転換した経緯がある。ただし、トヨタ自動車から「ランドクルーザープラド」「FJクルーザー」「トヨエース」などの生産を受託しており、今なお乗用車を生産する能力を有している。なお、2004年にいすゞ自動車と共同でバスの車体生産を担うジェイ・バスを設立したことで、実質的にはバスの車体生産は同社へ移管している。

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スズキ(7269)の分析|インド市場の減速で当面は業績停滞が続く

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スズキ(7269)は、静岡県浜松市に本社を置く自動車メーカーである。ただし、現在のスズキは自動車・バイク・船外機を主力製品としており、純粋な自動車メーカーではない。1909年に織機メーカーとして創業した鈴木式織機製作所が源流企業であるが、創業直後から機械技術を応用した事業多角化に熱心であった。この時期の事業多角化の試みによって、現在のスズキの主力製品となっている自動車・バイク・船外機への参入を果たした。軽自動車の製造に参入したのは1955年と後発であったが、1973年には日本国内において軽自動車販売台数1位の地位を獲得するに至り、現在では世界10位の生産台数を誇る自動車メーカーである。1981年にインド政府の要請に応じてインド市場に参入した結果、現在では同国の自動車市場のシェア50%以上を掌握するトップ企業の地位にある。

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タマホーム(1419)の分析|売上高は過去最高を更新するが利益水準は停滞

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タマホーム(1419)は、東京都港区に本社を置く住宅メーカーである。タマホームの歴史は意外にも長く、1887年に創業家の祖先にあたる玉木長命が建築会社を福岡県筑紫野市で設立したことにまで遡ることができる。現在のタマホームは木造住宅の建築を主力事業としており、国内シェアの2%前後を掌握している。主な商品には、自由設計注文住宅の「大安心の家」、低価格を訴求した「木麗の家」、国産木材を使用した和風住宅の「和美彩」などがあるが、共通するのはコストパフォーマンスの高さである。営業から建設に至るプロセスを効率化することで坪単価を低廉に抑制して国内シェアを拡大してきた。

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カシオ計算機(6952)の分析|高採算なG-SHOCKに依存する状況が継続

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カシオ計算機(6952)は、東京都渋谷区に本社を置く1946年創業の電機メーカーである。創業者である樫尾忠雄が東京都三鷹市で設立した樫尾製作所が源流企業であるが、創業直後の樫尾製作所は顕微鏡部品などを製造する下請けメーカーに過ぎなかった。しかし、1957年に樫尾兄弟の熱心な開発努力によってリレー素子を用いた小型電気計算機を世界で初めて発売することに成功して以降、計算機の製造を主力事業にするに至った。1970年以降には、計算機の製造で培った電気技術を応用して、時計・楽器・電卓・ワープロなど事業多角化を進めていき、現在のカシオ計算機の事業基盤が整った。1983年には耐衝撃時計「G-SHOCK」を発売、世界的な人気を誇る時計ブランドに育成することに成功した。現在ではカシオ計算機の売上高の約30%は「G-SHOCK」に支えられており、同社を代表する事業に成長している。

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ビックカメラ(3048)の分析|コジマは業績回復を果たすが先行投資が重荷

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ビックカメラ(3048)は、東京都豊島区に本社を置く大手家電量販店である。かつては業界中堅の立ち位置であったが、2000年代以降にソフマップやコジマなどを連結子会社に加えることで規模拡大を果たし、現在ではヤマダ電機に次いで業界2位の売上高を誇る。ビックカメラは都市部の駅近隣を商圏としてきた歴史的な経緯から地方都市における店舗ネットワークが貧弱であったが、2012年に地方都市のロードサイド店舗を主力とするコジマを連結子会社としたことで店舗ネットワークを日本全国に拡大することに成功している。最近のビックカメラはネット事業の拡大に注力しており、2019年にECサイト「ビックカメラ.com」が売上高1000億円に到達する好調ぶりを発揮している。